申請内容の不備を確認する。承認がどこで止まっているか探す。確定したはずの入社情報を何度も入力し直す。
一つひとつは小さな作業でも、重なると、人事担当者の時間を圧迫します。少人数の職場では「もっと早く処理しよう」と頑張るだけでは、解決しにくい問題です。
見直したいのは、担当者の作業速度だけでなく、情報を受け取ってから次の担当者へ渡すまでの流れです。
そのヒントになるのが、トヨタ生産方式(TPS)です。この記事では、基本的な考え方を確認したうえで、人事業務の待ち・手戻り・ミスを減らすための進め方を紹介します。
以下の人事向け手順や記入例は、TPSの考え方を参考にした当サイトの提案です。トヨタが示した人事業務の標準手順や、中小企業で効果を検証した導入方法ではありません。自社の規程や業務上の条件に合わせて調整してください。
トヨタ生産方式とは?人事が押さえたい基本
トヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)は、ムダを減らし、品質を保ちながら仕事を流す生産方式です。トヨタは、働く人の負担を軽くすることを前提に掲げています。
柱になるのは「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」です。
自働化は、異常を見つけて問題を次へ流さない考え方
TPSの自働化には、異常を検知して設備が止まることに加え、作業者が異常に気づいて止めることも含まれます。単に作業を機械に任せる「自動化」とは区別されます。
ジャスト・イン・タイムは、必要に合わせて工程をつなぐ考え方
必要な物を必要な時に必要な分だけ扱い、工程間で滞らせずにつなぐ考え方です。準備をすべて直前まで遅らせる意味ではありません。公式説明でも、必要最小限の部品をあらかじめ用意する仕組みが紹介されています。
人事で参考にするなら、「不備に気づける確認点を設ける」「次の担当者が必要とする情報と時期をそろえる」といった工夫が考えられます。ただし、人の相談や判断を、製造工程と同じ条件で扱うことはできません。
人事業務でも、仕事を工程に分けて考えられる
トヨタイムズでは、人事・経理などを含む事務・技術部門にTPSを広げた取り組みが紹介されています。仕事を工程に分けて見えるようにし、後の工程で使われているかを確かめる改善も報告されています。
出典:トヨタイムズ「トヨタの強み『トヨタ生産方式(TPS)』が工場の外へ」
この取り組みは、人事も仕事の流れから改善を考えられることを示す参考になります。ただし、その成果を自社にそのまま当てはめることはできません。
最初は繰り返し発生する事務を一つ選ぶ
最初の対象には、開始と完了がわかり、何度も繰り返す事務が向いています。たとえば、社内申請の受付、入社準備の連絡、研修申込みの取りまとめなどです。
一方、ハラスメントの相談対応、個別事情を踏まえた労務判断、人事評価の判断などは、処理時間の短縮だけで良し悪しを決められません。入口の案内や記録様式は整えられても、対話や必要な確認まで一律に短くしないことが大切です。
人事業務全体のどこから着手するか迷う場合は、中小企業の人事管理の全体像を確認してから、改善対象を絞りましょう。
「人が遅い」から「どこで止まるか」へ視点を移す
たとえば、承認に時間がかかる場合でも、原因は承認者の処理速度とは限りません。必要な情報が足りない、承認依頼が埋もれる、代理の承認者が決まっていない、といった事情も考えられます。
担当者を責める前に、実際の申請を一件たどってみます。誰が、何を待ち、何を確認しているかが見えると、変えるべき箇所を話し合いやすくなります。
人事業務の待ち・手戻りを減らす6ステップ
ステップ1.対象業務と完了の状態を決める
「人事業務を効率化する」では、範囲が広すぎます。「入社が決まってから、受入部門へ準備完了を連絡するまで」など、始まりと終わりを決めましょう。
続けて、誰が何を受け取れば完了なのかを確認します。人事が一覧を作っただけでは、受入部門の準備が終わったとは限りません。次に仕事をする人と、完了の認識を合わせます。
ステップ2.実際の一件を工程に分ける
決められた手順だけでなく、実際にどう進んだかを書き出します。メールを探した時間、確認の往復、差戻しも含めます。
記録する項目は、まず次の六つで十分です。
| 記録項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 工程 | 何をする作業か |
| 担当 | 誰が処理・判断するか |
| 必要な情報 | 何がそろえば着手できるか |
| 実作業 | 手を動かした時間はどれくらいか |
| 待ち・差戻し | 何を待ち、なぜやり直したか |
| 次へ渡す条件 | 何を確認したら次の工程へ進めるか |
正確な計測が難しければ、最初はおおよその時間でも構いません。その場合は「概算」と明記し、実測値と混ぜずに使います。
ステップ3.待ち・重複・不備の発生箇所を探す
工程を書き出したら、「この作業は不要か」と決めつける前に、目的を確かめます。
| 気づいたこと | 関係者へ確かめること | 見直し案 |
|---|---|---|
| 承認待ちが長い | 誰の判断待ちか、不足情報は何か | 必要項目・依頼先・不在時の対応を明確にする |
| 同じ情報を何度も入力する | どの情報を正としているか | 更新元と転記先を整理する |
| 書類の差戻しが多い | 不備はいつ、どこで見つかるか | 受付時の確認項目と記入例をそろえる |
| 途中で何度も作り直す | 未確定情報をどこまで使ってよいか | 仮情報と確定情報、変更連絡の方法を分ける |
| 資料を作っても使われない | 誰が何の判断に使うか | 必要性を確認してから簡素化・廃止を検討する |
確認や承認には、誤りを防ぎ、権限を守る役割もあります。二重に見えるからといって、すぐ削除せず、同じ目的の確認なのか、異なる役割を担っているのかを調べましょう。
ステップ4.一つの原因に対して変更を試す
差戻しが多いなら、申請様式の必須項目と記入例を直す。承認待ちが多いなら、確認する時刻や不在時の連絡先を決める。まずは、原因とつながる変更を一つ試します。
このとき、人事だけが楽になる仕組みにしないことが大切です。人事の転記をなくすために、申請者が同じ情報を別々の画面へ入力するようになっては、負担を移しただけです。
申請者、承認者、受取側の担当者にも試してもらい、入力・確認・連絡の合計がどう変わったかを見ます。
ステップ5.不備があった場合の対応と再開条件を決める
確認項目を設けるだけでは、迷いは残ります。「何が足りなければ進めないか」「誰へ確認するか」「何がそろえば再開できるか」まで決めましょう。
たとえば、入社予定日が部門の連絡と一覧で食い違っていれば、推測で登録を進めず、確認先へ連絡します。一方で、その確認と無関係に進められる準備まで、すべて止める必要があるかは別に考えます。
期限への影響が見込まれる場合は、担当者だけで抱えず、あらかじめ決めた責任者へ知らせます。確認を待ち続けて期限を過ぎることも防ぐ設計が必要です。
ステップ6.品質と負担を確認して、手順に反映する
試した後は、早くなったかに加え、不備や確認漏れが増えていないかを確認します。案件の難しさや繁忙期の影響も考慮しましょう。
| 観点 | 記録する例 |
|---|---|
| 全体の速さ | 受付から完了までの経過時間 |
| 作業の負担 | 各担当者が処理・確認・連絡に使った時間 |
| 品質 | 差戻し、修正、確認漏れの件数と内容 |
| 期限 | 社内で決めた準備日や必要な期限に間に合ったか |
| 使いやすさ | 申請者・承認者・受取側が迷った箇所 |
前後を比べるときは、受付と完了の定義、対象の範囲、時間の数え方をそろえます。案件数が少ない場合は、割合だけでなく件数と内容も残してください。
問題がなければ、様式・担当・確認点・例外時の連絡先を一枚にまとめます。担当が変わっても続けられる状態にし、その後も使いながら見直します。
入社準備を見直す場合の記入例
ここでは、入社準備を題材にします。以下は説明用の想定例で、実在企業の導入事例や改善実績ではありません。
想定する困りごとは、部門から届く情報が分散し、人事が確認を繰り返している状態です。
| 工程 | 起こりうる問題 | 試す工夫 | 次へ進むための確認 |
|---|---|---|---|
| 入社予定の連絡 | 配属や予定日の情報が別々に届く | 連絡様式と変更窓口をそろえる | 必要な情報がそろい、仮・確定が区別できる |
| 準備の依頼 | 機器・座席・案内の担当が曖昧 | 項目ごとの担当と準備日を決める | 依頼を受けた担当者が確認できている |
| 進捗の確認 | 個別の催促メールが増える | 閲覧権限を限定した進捗表で状態を共有する | 未完了の項目と相談先がわかる |
| 準備完了の連絡 | 一覧の更新だけで伝えたつもりになる | 受入部門が確認する方法を決める | 未完了・変更点を含めて引き継げる |
ここで確認するのは、メールの本数だけではありません。入社予定者への案内漏れや、部門への引継ぎ不足を防げたかも見ます。
なお、この表は入社準備の連絡を見直す例で、入社手続き全体を網羅するものではありません。必要な届出や書類の流れは、入社・退職手続きのチェックリストと分けて確認してください。
少人数の人事が改善を続けるための注意点
標準化する部分と、個別に判断する部分を分ける
受付項目や担当、連絡先をそろえると、毎回同じことを調べる負担を減らせます。ただし、個別事情がある相談まで、一つの回答に当てはめないようにします。
「通常の手順で進められる条件」と「責任者や専門家へ相談する条件」を分けておくと、標準化と個別対応を両立しやすくなります。
情報は、必要な担当者へ必要な範囲で渡す
進捗を共有するときも、個人情報や相談内容を全員に見せる必要はありません。たとえば、準備の進捗表に「確認中」と記載し、詳細は権限のある担当者だけが扱う方法が考えられます。
共有項目、閲覧者、更新者を決めてから運用しましょう。
手順を整理してから、ツール化を考える
申請フォームや通知機能は役立ちますが、必要な情報や承認先が曖昧なまま導入すると、問い合わせや修正が残ります。
最初は紙や既存の表でも構いません。流れを整理し、試してから、残った繰り返し作業をツールに任せるか検討します。
改善の範囲を、人事担当者だけで広げすぎない
部門をまたぐルールや承認権限の変更は、関係者の合意が必要です。課題が人員配置や育成方針などに広がる場合は、工程改善とは分けて、経営課題を人事施策に落とす手順で検討しましょう。
経営者や事業責任者と継続的に課題を共有する役割については、HRBPの仕事内容と中小企業での始め方も参考になります。
トヨタ生産方式と人事業務改善についてよくある質問
製造業ではない会社でも参考にできますか?
仕事を工程に分け、待ちや手戻りを調べる視点は参考になります。トヨタでも事務・技術部門への展開が紹介されています。ただし、自社での効果は実際に試して確かめる必要があります。
一人で人事を担当していても始められますか?
自分が受け取る情報や、次へ渡す成果物の整理から始められます。ただし、承認先や部門の仕事を変える場合は、相手と相談して進めます。一人で全部の工程を背負い込まないようにしましょう。
何%の効率化を目標にすればよいですか?
一律の数値は置かず、まず現状を記録します。「特定項目の不備による差戻しを減らす」など、解消したい問題を具体化してください。速さだけでなく、品質と関係者の負担を合わせて判断します。
まとめ|一件の仕事を、入口から完了までたどってみる
少人数の人事では、目の前の仕事を急いで処理することに意識が向きがちです。しかし、時間を取られている原因が、確認待ちや情報の不足にある場合もあります。
まずは繰り返し発生する業務を一つ選び、最近の一件を入口から完了までたどってみましょう。
誰が、何を待ち、どこでやり直しているのか。
そこが見えたら、関係者と相談して一つの変更を試します。必要な確認と判断の質を守りながら、人事と周囲の仕事が進めやすくなったかを確かめていきましょう。
参考資料
※参考資料の確認日:2026年10月25日。


